受け継がれる
伝統・文化が根付く石見へ

久々に降り立った島根の地。今回の旅は世界遺産「石見銀山」や日本遺産の町「津和野」など、名所がある島根県西部を巡る。中でもEXILEのライブ演出に取り入れたことのある「石見神楽」、現地で観るのは今回が初めてである。初めて訪れる石見地方、どんな出会いがあるのか楽しみだ

1300年の伝統がある石州せきしゅう和紙

神楽の面や大蛇の胴に使われている石州和紙は1300年前から伝わる伝統工芸。その歴史が分かる「石州和紙会館」へ寄ってみることにした。

石州和紙は地元の楮や三椏ミツマタ雁皮ガンピ靭皮ジンピ繊維にトロロアオイの根の粘液を混ぜ、「流し漉き」によってつくられる。中でも「石州半紙」は重要無形文化財とユネスコ無形文化遺産に指定されている。しかし最盛期に約6000軒以上あった石州和紙工房は、今では4軒だけ。この会館は石州和紙の歴史や技術の紹介とともに、その4軒の作品と和紙の販売も行っている。

「石州和紙で神楽の面や大蛇の胴ができるのは、強度があるからです。丈夫で長持ち、万能和紙です。ここにある書物は400年前のもので、普通の紙だと化学薬品で処理をしているので年月が経つと黄色くなり朽ちてきます。しかし和紙は自然素材でつくられているので、黄なりの紙が次第に白くなり何百年ももちます。西田和紙工房さんに行かれてみてはどうでしょう?」と館長。

近くにある西田和紙工房を訪れてみよう。

和紙と職人の神髄を見る

工房に入るとカタ…カタ…と音がしている。西田誠吉さんが和紙を漉いているところだ。

「AKIRAさん、紙きをしてみませんか?」。

お言葉に甘えて、手漉きに初挑戦。しかし慣れない作業に余分な力が入り、紙の厚みが均一にならない…。西田さんはいとも簡単そうにしているのだが…。これが熟練した職人の技なのだと身をもって知った。

「失敗しても大丈夫ですよ、また溶かしたらいいんです。和紙は再生できますから」

なるほど、自然素材でできているものは自然に還る。それは一見、当たり前のようで、実は現代社会では当たり前ではないのだ。元来からある日本のものづくりの神髄。これからも残しておいてほしいと思った。

西田さんが手掛ける和紙は文化財の修復に使われる場合が多く、ふすまや屏風、障壁画などの下貼りや裏打ちにするそうだ。「和紙は1000年以上、後世まで残る」という言葉が印象的で、修復時に裏打ちの和紙をはがしても、まだ紙はしっかりしているという。和紙は生きていると言っても過言ではないのだろう。

日本遺産のまち「津和野」へ

さらに西の益田市へ向かう。市街に入ると日本一の清流といわれる「高津川」が見えてきた。石見を巡る最終地は「津和野」。山陰の小京都と呼ばれ、鎌倉時代のはじまりに城下町がつくられたそうだ。今でも古い町並みが残り、森鷗外が通ったといわれる藩校「養老館」やカトリック教会もあり和洋が混在しながらも、しっとり落ち着いた町となっている。

訪れたのは覚王山永明寺かくおうざんようめいじ。曹洞宗の西日本の総本山と言われる由緒ある寺で、鎌倉から戦国時代に津和野城主だった吉見氏、坂崎氏、亀井氏の菩提寺でもある。杉の木がそびえたつ参道をゆっくり上ると立派な茅葺屋根が見えてきた。これが本堂なのか?茅葺屋根は深く苔むし、裏山と一体化しているようだ。

奥の書院に通された。ここは藩主が庭を眺めお茶をたしなんだそうだ。鶴亀の庭と言い、池が鶴の形をしていて、手前の石が亀の首。そして後ろにある滝が鶴の首に見立ててある。新緑や紅葉、雪見など四季それぞれに美しい庭であることが一目でわかる。こうして津和野の殿様も同じ景色を見たと思うと感慨深い。

最後は「太皷谷稲成神社」へ行くことにした。「稲成」と書く稲荷神社は珍しく、大願が成就する神社として知られている。

山の麓から赤い鳥居が連なる参道の階段を一段一段登り、ようやく境内に辿り着いた。ここからは津和野の町並みが一望でき、頬をなでる風は爽やかだ。神様に石見旅の無事を感謝し旅は終わった。

今回の旅では、石見の人々が知恵と伝統を大切にし、誇りを持ちながら守り続けているモノやコト、それらを見たり、触ったり、体験したことでその奥深さに感銘を受け、貴重な経験となった。

[1]石州和紙会館:浜田市

[2] 西田和紙工房

[3] 殿町通り:津和野町

[3] 覚王山永明寺:津和野町

[3] 太皷谷稲成神社:津和野町

萩・石見空港